2023.9.12 榎本弁護士

セクシャルマイノリティ対応におけるサイレントマジョリティへの配慮


セクシャルマイノリティ対応におけるサイレントマジョリティへの配慮(経産省・人事院事件最高裁令和5年7月11日判決への雑感)

1 経産省事件(最高裁判決の対象は、経産省のトイレ使用制限措置に対する人事院の判定に対するものですが)の判旨を読んで、私が素朴に感じたことは、これは公務員関係という特殊な身分関係の職場における理想論であり、民間企業には難しいであろうということである。もし、一民間企業においてその職場環境配慮として性的多数者と同少数者の調整を要求されたら、経産省事件のように丁寧な面談や調査を実施した上で、トイレ使用制限を撤廃できる企業は少ないであろう。

2 本件は職場のトイレ使用にかかる国家公務員同志の利益調整であり国民一般の利害に関係しない、しかも経産省の職場環境についての人事院判定(行政処分)の効力に関する判断に過ぎない(下級審で問題にされてきた経産省の対応にかかる損害賠償請求事件は上告不受理で、経産省の対応に問題はなかった旨の高裁判決が確定している)。国と公務員との特別権力関係(公務員関係)においては、マイノリティに配慮する国の判断が圧倒的マジョリティである公務員にも一種の強制力を持つが、民間企業と労働者の労働契約関係においては、性的多数者にも職場環境配慮請求権があり、企業の裁量が多数者に配慮して経産省の場合よりも拡大することが予想される。実際、私が法律の素人である企業関係者に2,3ヒアリングしたところでは、面識のある周囲の従業員が説明会等でトイレ使用について異議を述べることは難しいだろうし、それを彼らが理解して受容しているという意味に捉えることは無理があるので、サイレントマジョリティを無視して少数者にトイレの自由使用を認めるのは、性的少数者の人権問題であることは重々承知していても抵抗があるという意見で占められた。

3民間企業の人権感覚や職場環境の先進性は千差万別であり、それは性的少数者への理解の程度と相関するものとばかり言えない多様な事情によるものと思われる。また、性的多数者が性的少数者を理解しようとしていても残る不安感・違和感を、企業の努力で完全に払拭することにも限界があろう。法の番人である裁判所が職場環境改善に理想論を語っても、サイレントマジョリティの意向や万が一のトラブルを無視できない民間企業には酷な結果となることは容易に想像できる(同性婚や夫婦別姓のような問題にも政治部門の一部に強い抵抗があり、法制化は進まないことと一脈通じると言っては間違いであろうか)。私も一市民としては、多様性を優先する企業がグローバルに投資家に評価されるのであるから、そのような現実問題を乗り越えて制限撤廃に舵を切る企業の増加を願うところもあるが、弁護士としてはそのような理想や投資家目線だけで、生身の人間をコントロールできるのか心もとないところもある。私が所属している経営法曹会議からも経産省事件の拡張解釈には慎重な論稿が発表されている(経済産業省事件最高裁判決(最高裁令和 5 年 7 月 11 日)について(速報) (keieihoso.gr.jp)。経産省事件がそのまま民間企業に通用するものとは理論的にも現実問題としても理解し得ないことを、法曹関係者は改めて認識し、性的少数者やその所属する企業・団体への対応に当たる必要がある。

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